私はミニマリスト。
最小限のモノに囲まれ、時間(余裕)を最大化、効率よく生活し、思考も日々アップデートしている。趣味であり、仕事にもしている。
ミニマリズムに出会って6年以上。
しつこいかもしれないが、様々なモノや習慣を手放してきた。
単純に、捨てたモノ&譲ったモノも数えきれない程あるが、お金になりそうなモノはできるだけメルカリを利用し、他の家へ派遣する。
売却履歴を見たら、これまで持ってた物量が恐ろしいほどに投影されていた。
なので、物理的にモノは手放せたが、一方で記憶は手放せない。
それらを使った思い出もしっかりと焼きついている。
この気づきは、ちょうど先日記事にしたばかりだ。
特に苦い思い出ほど、脳裏に深く定着しているだろう。
5月中旬となり、日照時間も増え、気温も上がってきている。
私の移動手段は日頃から徒歩。どこへ行くにもリュック1つ背負って目的地まで歩いている。
3日前に、ある用事で区役所に向かっていた。
もう冬の寒さは忘れる程の暑さ。半袖で汗までかいていた。
区役所までの道のりの途中で大きな建物がある。
建物に近づくにつれ、後ろから何か迫ってくるような気配がしたので、振り返ると、そこには建物の壁に投影された”私”の影。
「なんだ、自分か…」
少しビクッとした自分に対し、もう一人(影)の”私”は冷静でピクリともしていなかった。
まるで、”だるまさんがころんだ”を2人でやっているようだった。
この時、あることを思った。
ミニマリズムに出会って6年。
私はミニマリスト。
でも、実際はミニマリズムという装備をしたTatsuhiko Yamamotoであり、無印のTatsuhiko Yamamotoがもう一人いる。
何かモノを手放すとき、あるいは習慣を見直している時、ミニマリストの私ともう一人の”私”が掛け合いを行う。
ミニマリストの私:ノートPCだからマウス必須ではないよね?
もう一人の”私”:確かにそうだけど、あると便利なんだよ
ミニマリストの私:あれば便利はなくても平気。一旦手放そう。
こんなやりとりをしている。
直近の話では、PS5を手放そうとするミニマリストの私がいるのだが、もう一人の”私”がそれを拒んでいる。
どう説得しても、今のところは保留状態だ。
もう一人の”私”が、迷わずに拒否するようであれば、無理に手放さない。おやすみBOXに避難して距離をおくこともよくある。
ミニマリストの私だけなら、PS5はとっくの昔に手放しているのだろう。
普段は、ひっそりと息を潜めているもう一人の”私”だが、今回ばかりは影として正体を露わにしてきたようだ。
普段は気にもしない影に、驚かされた自分。
ミニマリストになる前は、もう一人(影)の”私”が本来の自分であり、少し寂しくなって、存在に気づいてほしかったのかもしれない。
ミニマリズムに出会って、人格が別れたとも言えるが、もう一人の”私”とはこれからも切磋琢磨していきたい。
『もう一人の”私”』
手放せない存在であり、手放したくない存在だ。














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