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カメラの向こうの演技は、もう、やりたくない。

カメラの向こうの演技は、もう、やりたくない。

ここ2ヶ月程度、思っていることがある。

それについて、正直に話したい。

記事として綴りながら、気持ちを整理していく。

カメラの向こうの演技に疲れてきた。

もちろん、YouTubeは好きで、自分を表現することも好きだ。

中学生の頃からYouTube活動をしているので、かれこれ15年近く動画制作をしてきた実績もある。

それに、ミニマルな暮らしや考えを共有することで、ミニマリストやミニマリズムに興味がある方々にも共感してもらえる。

既に家事の拘りだったり、ナイトルーティン、ルームツアー、ワードローブも1本の動画にまとめてアップロード済み。

しかし、これ以上のミニマルな暮らしを動画として共有していくことに最近限界を感じてきていた。

例えば、ナイトルーティングがあればモーニングルーティンもあり、日中のルーティンなども挙げられるが、それ以上はなく、ネタ切れという状態に陥る。

私としては、自然な形で普段通りの生活を見せたい。

YouTuberなら誰しもが考えていることだろう。

でも、正直なところ、多少なり「演技」が混じる。

どうしても、カメラを意識してしまい、本来の自分が出せない。

そう感じていた。

またこれは、動画撮影上、致し方ないポイントになるが、撮影する被写体や背景を考慮したアングルを調整するために、”カメラの設置”という手間が発生する。

分かりやすい例で言えば、Vlog系チャンネルの動画で仕事から帰宅するシーンだろう。

編集後の動画では、いかにも自然に玄関を開けたかのように見えるが、実際はカメラを設置するために、一度玄関を開けて帰宅→カメラを設置→アングルを確認したら外に戻る。というなんとも無駄な行動を挟まないといけない。

これが撮影のリアルであり、どこまでいっても自然体を装った演技に過ぎない。

なので、編集中に虚しくなることがよくある。YouTuberあるあるなのかもしれない。

Vlog系なら日々の行動のついでにカメラに収める形になるので、特にネタも考えなくてよくなりそうだが、動画をよく見せようと「見せるための暮らし」を意識してしまうことになる。

自分の本心としては特に興味ないけど、視聴者が喜んでくれることを想像して、周りからの評価を軸にした生活になってしまうことだろう。

そして、YouTube病とも言える、どこにいってもカメラに納めたくなる衝動。YouTubeだけでなくInstagramなどのSNSでも言えるかもしれない。

思い出として写真撮影に留まらず、ちょっとした家族旅行中も動画に納めないと勿体無い。せっかくのプライベートも仕事がベースになる。以前記事にした「仕事上にあるプライベート」ともいえる弊害だろう。

これでは、ありのままの暮らしや自分を見せることができず、自慢して承認欲求を満たされているだけの人生になってしまう。

もう一度言うが、YouTubeや動画配信が嫌いになった訳ではない。

ミニマルな暮らしを共有するはずだった動画が、「見せるための暮らし」という状態になるのは、ミニマルではない。そう感じた。

ミニマリストとして、他CHからインタビューを受けたり、たまにライブ配信で語る程度なら全然やりたい。

だから、現状アップロードしている動画を削除することもないし、YouTubeチャンネルも残す。

もしかすると、また動画配信するタイミングもくるかもしれないが、しばらくは「撮る」ことから距離をおき、「書く」ことに集中したい。

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