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肉体ひとつあれば

肉体ひとつあれば

2,3ヶ月前の話。息子の夏休み中まで遡る。

私は、息子とプールに行く準備をしていた。

うきわを買ったはいいものの、膨らませる道具がない。

それでも、口から空気を送り込み時間を掛けてなんとか膨らんだ。

酸素不足で少しめまいがすると同時に空気入れに感謝した瞬間でもある。

しかし、大抵のことは身体1つでなんとかなる。

鍛えておけば、重たいものを持てる。身を守れる。

皿洗い後にそのまま水気を拭き取れば水切りカゴ・マットは不要。

スポンジやブラシがなくても、素手で汚れを落とすことは可能。

現代は便利なモノばかり登場し、AIも驚異的なスピードで進化している。

今後、人間はモノやAIへの執着は強くなる一方だと感じる。

私はこれまであらゆるモノを手放してきた。

モノと向き合い、時間を掛けて少しずつ減らしてきた。

その結果、

“本当に必要なモノは案外少ない”

ということに気付いている。

無いから買おう、面倒だからお願いしよう。

そのようにすぐ頼ってしまう思考だと、とても生きづらい。

モノは増え、生活コストは上がり、何より自分に自信を持てなくなる。

ここで今一度、

所有しているモノ。

契約しているサービス。

関わっている人間。

など、あなたが頼っている事柄を思い浮かべてみてほしい。

それらに頼ることが、総合的にミニマルかを判断してほしい。

安いから、軽いからと単純な理由で決めるのだけはやめてほしい。

詳しくは、この記事で言及している。

私はどんなモノ・コトでも、ミニマルさを総合的に評価している。

安ければいい、軽ければいい、小さければいいという簡単なことではない。

例えば、水切りカゴを使えば、自然乾燥に任せ水気を拭くストレスと時間(手間)を無くせる。それは分かっている。

しかしながら、カゴやマットにどう置いていくかをテトリスのように考えないといけない。積み重なると落下して怪我や割れるリスクも考えられる。

あとは、単純にカゴやマットを固定で置いておく場所も必要。

定期的に洗うことも必要であれば、壊れたら買い替えることになる。

自然乾燥とはいえ、本当に乾いたのか?について翌日目視確認が必要にもなる。結果的に、少し拭いて収納していることだろう。

これらの側面を天秤に掛けて考えると、私個人的には水切りカゴを無くし、毎日水気を拭き取るスタイルの方が総合的にミニマルだった。

上記のように、「無い方が効率的」「他で代用できる」

そういったことが徐々に分かってくる。急ぐ必要はない。

そして、この感覚は旅をしているとあらわになる。

これまでもそのようなことについて言及した記事を執筆してきた。

旅行中は誰しもがミニマリスト

まさにそう思う。

生活する上で必要な道具、それらはほとんど一軍たち。

二軍以下は自宅に置いてきて、これで生活できるという最低限の物量をキャリーケースやバッグにパッキングし、肉体ひとつで外に出ているはず。

なくても、なんとかなる。死ぬことはない。

旅をしていると、こんなことばかり考えてしまう。

ミニマリストの職業病なのか。

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Tatsuhiko Yamamoto
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