旅をしてると、こう思うことがよくある。
これで十分なんだよな。
先月の家族キャンプ旅でも実感した。
私は妻と息子と3人で生活している。
個人の所有物は極限まで減らしているが、
家族共有の生活用品は無理に手放していない。
もちろん、家も自動車も。
そしてアウトドアグッズなども。
生きていくことって、そんなに難しくない。
私はそう感じるようになった。
でも、一般的にそう感じさせてくれないのは、
住居や飲食に恵まれ、当たり前に道具がある生活を送ってきたから。
さらに、便利な世の中が幸福の基準を上げてきている。
代表的な例としてスマホが挙げられる。
30年前の人だとスマホは知らない。
15年前の人だとスマホは当たり前ではない。
現代だとスマホがないと生活できない。
こうやって、生きていくためのハードルが上がっている。
私の世代(アラサー)であれば、親はガラケーを持っていた。
スマホがなくても、生活できていた時代を知っている。
でも、現代の高校生以下にとっては考えられない。
3歳前後でもスマホ依存はザラにいる。
そんな子からスマホを放すと、発狂する。
そして、AIを活用する時代にもなった。
今はまだ、AIを使う人もいれば使わない人もいる。
しかし、おそらく数年後、状況は変わる。
「AIがない生活なんて考えられない」
きっと、こうなる。いや、絶対。
数十年後には、
食材を入れ、家電と会話すると料理が1品完成する。
道路は無人タクシー化、予約してどこへでも行ける。
壁や床の素材自体が汚れを分解・撥水し、住居の自己修復を行う。
こんなことが実現されることだろう。
私たちは、前進する社会や時代に取り残されぬよう、
必死で後を追っている。でも苦しい。
所有も増え、コストも増え、習慣も増える。
なにもかも余白がない。
あなたは、終わりのない塗り絵をし続けたいと思うだろうか。
私は絶対にNO。
所有、コスト、習慣、どれも足そうと思えばいくらでも足せる。
足すと幸福になった気がするが、すぐに慣れる。際限が無い。
しかし、引き算にはゼロという限度がある。
引きながら、ちょうどいい地点へ調整していく。
ミニマリストと聞けば、所有(モノ)の少なさ、
というイメージがあることだろう。
私も、これまで何度もモノと向き合い、調整し続けてきた。
コストや習慣を見直すことも大切だが、
身軽になるためには、まず所有(モノ)について考え始める必要がある。
ミニマリズムを追求して、7年以上。
ここ1年くらいは、「私が生きていく上で必須なモノ」
そんなことを本気で考えるようになった。
それは、会社という組織を抜け、個人として生きることを決意した証だ。
所有、コスト、習慣、全て私を軸にコントロールできる。
会社のために、
仕事道具やスーツを持つ必要もない。
決まった時間に出勤する必要もない。
社交辞令をする必要もない。
規定に反しない生活を意識する必要もない。
個人的に、仕事道具の管理がなくなったのと、
絶対に紛失してはいけない社員証を手放せたのが大きい。
また、仕事着もないので、毎日同じ服で生活できる。
昨年、会社をやめてからさらに身軽になった。
おやすみBOXも利用しつつ、手放すスピードは加速した。
現在、個人だけの所有物なら30もなさそうだ。
最新のルームツアー動画内でも言っているが、
家族と共有している家具家電などを含めても50程度かもしれない。
執筆している現在も、以下でカウントしてみないと分からない。
妻と息子と3人で暮らしている現在の所有数は、
minimalsikouのAnatomyで公開している。
気になる方は是非。
しかし、私1人だけだと、どれくらいに収まるのか。
実際に1人になってみないと分からない部分もあるが、妄想してみる。
前置きが長くなり、度々脱線してたりで申し訳ない。
早速始めよう。私もどこかワクワクしている。
ただ、1つ条件を仮定しておくとすれば、
収入は最低限ある
ということ。
お金がないことには何も始まらない。最低限生活できる程度に。
私1人だけの場合、まずこうすると決めてることがある。
それは、
家を手放す
車を手放す
そして、ホテル生活にする。移動は徒歩か公共交通機関。
ホテル生活にすることで、
家具家電も手放せる。
水道光熱費もホテル側の経費だ。
Wi-Fiもあるので、ネットの契約、機器も不要。
さらには、掃除も手放せる = 掃除道具が不要となる。
キャンプは好きだが、1人だとレンタルかコテージを利用する。
なので、キャンプ用品、アウトドアグッズも手放すことになる。
じゃ、あとは何が残るだろうか。
執筆しながら部屋を見渡す。唯一残るモノが浮かび上がってきた。
“リュック”













